6月25日に開催された全日本選手権
会場に訪れた方には永山選手の自転車競技に対する熱い想い、真剣な想いが方々にも伝わったのではないでしょうか。
あまり多くは語らない永山選手
自転車に懸ける情熱はチーム1、
彼の特別な一日のレポートをお届けします
全日本選手権
今年からJProTourを走り始めて毎レースが大事であるが、やはり全日本は特別。
3週間前の日本CSCロード交流戦と同じコース1周8kmを20周で行われた。
すべて走れば獲得標高はゆうに5000mほどになる。
出走131人。序盤から速く有力選手を乗せた8人の逃げが決まる。
各有力チームが逃げにメンバーを乗せたためか集団はペースダウン。
その隙をついて4周目に入る前、一人が集団から飛び出していたため、追走をかける。
一時的に2人の追走となり、
その直後の補給所で今季初となるボトルキャッチ!を行うが見事に取り落とす。
それを見たのかもう一人の選手はボトルを差し出してくれた。
まさかの出来事に自分から出たとっさの言葉は「Thank you!」だった。。
そんな彼と少しでも長く協力できれば良かったが登りでペースが合わず自分が先行する形になる。
相手を千切るようなペースではなかったので仕方なく一人旅を選択する。
この時、前がどんなメンバーだったかは知る由もなく、それほど強力なメンバーだったことを知ったのはレース後だった。
追いつけば最高、後ろから追走で少人数くればラッキー、集団のままくれば普通くらいな気持ちだった。
前もペースを落とすだろうと思ったりもしたが、それは読み違いだった。
全開ではないが、しばらくペースを維持してタイム差を見たがあまり縮まっていなく先頭と同じくらいのペース。
ただそのペースを維持するのも簡単ではない。
タイム差は1分40秒を行ったり来たりしながら周回を重ね、長く続けているとペースも自然と落ちるし
10周目はじめに50人くらいの集団が来て、6周48kmに及ぶ単独追走が終わった。
その後仕切り直しのつもりで集団最後尾についたが、そこまでペースが速くないにもかかわらず、
少しのインターバルに対して粘る余地もなく離れてしまった。
追走中は自分のペースだったが消耗は思っている以上のものになっていた。
その後集団からこぼれていく選手をパスしながら進むが、みんなバラバラで誰一人とも協力できずこれも単独走が続いた。
タイム差は開いていき残念ながら14周で今年の全日本は終わった。
展開に恵まれなかったとは言えるかもしれないが、まだまだ力不足や準備不足であるのは否定できない。
あの時点で1分40秒差を詰めろと言われればそれも簡単にできなかっただろうし、
追走のペース走をもう少し長くできれば、もっと先で絞れた集団に戻れただろう。暑さにも慣れていなかった気がする。
集団に戻ったときにはすでに若干熱中症のようになっていた可能性がある。
今回は追走中から集団から遅れて最後まですべての登りでたくさんの応援を頂いた。ツールドフランスか!
そんなことは今までに経験したことないし、だからなおさら途中で追走をやめて集団に戻るわけにはいかなかった。
応援して下さったすべての皆さま、大会関係者の皆さま、サポートや補給してくれたチームに感謝します。
ありがとうございました。
自分は登りがそれほど得意でないが、こういった厳しい分かりやすいコースのほうが
ド平坦の高速位置取りスプリンターコースよりも向いていると思う。
今回の結果は屈辱的な惨敗に変わりないし、よく言うように全日本の借りは全日本でしか返せない。
もう来年への戦いは始まっている。」
phote by ShizuFurusaka & TheKey